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論理で勝った人が強いのか。

別になんかあったわけじゃないことをあらかじめ
言っておきます。

最近の傾向。
喧嘩は勝たなくてはいけない。
議論は自分の意見を通さなければいけない。

勝ち組、負け組みに代表されるのか、なんでもかんでも
白黒はっきりつけるようになったなぁ。最近。

会議とディベートは全然違う。

ディベートはあくまでゲームです。知的格闘技。
言葉を使った喧嘩ですよ。簡単に言うと。
そこには一定のルールがあって、勝ち負けの基準があるから
成り立つ。明確に勝者と敗者が出来る。

会議すること、集団で議論することの本質はあくまで皆の
意見をまとめてひとつの結論を出すもので、勝ち負けを決
めるものではない。
集団討論、自体が就職に使われるだして、議論の結論が
一つの「勝ち負け」になってしまっているように見える
から、余計理解が難しいのかもしれん。

理屈で叩き潰されたほうは、叩き潰した人間に好意を抱くのか?
自分を真っ向否定する人に対して好意を抱くのか?

正論は尊いかもしれんが重要ではないのかもしれない。
議論の遺恨を引きずるのは大人ではないかもしれないが、
皆大人ではないかもしれない。

これから仕事を一緒にしたい人は正しい人なのか。
それとも、意見をまとめてくれる人なのか。

権力を使うと誰でも勝てる。
自分でルールを創造できるから。結論を設定できるから。
後だしじゃんけんで負けるわけねぇよ。

なんのために議論しているかわかってる?

一人が納得する正しい結論よりも皆が納得できる妥当な結論
が正しい場合もある。時には。

会議の前にある程度の結論は決まっている。これは事実。
それがないと、会議という航路で人は迷う。
指針を作ることは間違いではない。会議のための会議は
必要です。そして必要なのは適当な休憩。

休憩を取ることは、議論をまとめる最良の方法でもある。
そこで、会議の場ではでない話、議事録にはのらない話が出てくる。
すなわち「落としどころ」。

まぁ結論言うと。
空気読め。です。

自分のこと?んなもん棚上(以下略)。
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非公開コメント

身に突き刺さる思いです。
会議……みんなの意見をまとめ一つにすることは難しいですね。意見が多ければ多いほど、また、妙な心情や人間関係というバックグラウンドが介入すると余計にややこしくなりますね。

犬さんの思ってる『会議』と違うとこの会議の話とは思うけど、いろんなことを思い返さずにはいれませんでした(^^ゞ

ちょっとズレるけど、法律的な討論はね、絶対的な価値観を持って話をしちゃいけないんだって。
だからさ、一人が納得する結論じゃなくて、みんなが妥当だと思う結論に至ることが大事なんだと思うよ。

確かに、お互いが自分の主張を言い合って、互いにその意見を聞きあって合理的な判断を下していくのが一つのプロセスだと思うんだけどなー。
相手に伝える時に自分の中である程度の自己吟味をするじゃん?
あれによって合理性とかが形成されるんだって。

…要は、比較的多数が納得できる結論に至れればいんじゃないかなーってことね(笑)
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