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熊の場所。

小学校とかの昔と今とを比べて思うことは、恐怖を意識することが減ったということ。
換言すると、意図せず自分が関わるべきでない場所に遭遇することが少なくなったってことだと思う。
はじめにそれを思ったのは高校に入ったとき。公立の小中学校と違い、近い学力レベルの人が集まるってだけでこんなに雰囲気や気配が変わるのかとびっくりした記憶がある。色々な意味を含む暴力の部分で。小中学校で特別に激しかったわけではなかったんですが。

恐怖を消し去るには、その源の場所に、すぐに戻らねばならない。
では、戻れなかった場所はどうなるのか?そこには近寄らないが今の僕の立ち居振る舞いになっていると思う。

そうやって、自分が行けるべき道の選択肢を削っていった結果、偶然の導くところで僕はここにいます。
選択肢を削ることが、いいことか悪いことかはわからないが、結局自由ってのは、選択肢が複数あるってだけで、最後に選べるのは一つであること自体はかわりがなく、選択肢がほどほどに絞れたのは、僕にとっては良いことだと思いたいです。

色んな人がいる、で思い出すのは北海道。渡り(夏は北海道、冬は沖縄でバイトをして旅を続ける人)の人や、ワーキングホリデーで海外でいた人。「大学卒業したら就職する」は決まっていることじゃなくて、決めていることだとわかったのはこの旅だった。休学とか他の選択肢の中で、やっぱり大学卒業したら就職しようと思えたのは、ただなんとなく就職は前提だからで考えるよりも、自分の中では良かったとは思っています。

「鬼神は敬してこれを遠ざく」のが恐怖を与えられる可能性があるものに対して取るべき行動で、八百万にいる神様に対して適切に対応していく人が「運がいい」人なんだろうなぁ。
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