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ディスコ探偵水曜日再読了。


ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)
(2011/01)
舞城 王太郎

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再読したら、感想を書きたくなる。まぁ1,457ページの小説を頭の中だけで咀嚼することが出来ずに、文章を書くことでまとめようとしている所作なのです。

「この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんだって、知ってる?」
ミステリから哲学に、推理モノから時間と空間を超えた物語に。舞城王太郎が伝えたいことを伝えたい方法で伝えると多分こうなるんだろうなぁと思った。

迷子探しの探偵、ディスコ・ウェンズデイ=ウィリアム・イーディ=踊場水太郎。
JDCライクな名探偵たちによる推理合戦、タイムスリップ、北欧神話やカバラ・タロットの見立て殺人、ロボトミー手術、宇宙論から何から何までいろんなガジェットを盛り込んで物語は進んでいく。
劇中では人から発現される「意識」や「知」は時間や空間などの次元よりも上位に存在し、故に人は意思を持てば時間や空間を超越できる。「意識」は肉体に宿るものではなく、「意識」として存在しうるので、他の肉体や人以外の何かにも宿ることができる。
愛る者達を守る意思は何より強く、ディスコは守るために時空を超えて奔走する。

いろんなガジェットがあるけど、それでもやっぱりディスコ・ウェンズデイ=踊場水太郎(そしておそらく舞城王太郎)が伝えたい事は冒頭の「この世の出来事は運命と意思の相互作用で生まれ、一人ひとりが意思を持つことで世界を変えていける」っていうそれだけ抜き出すとなんか別の話になりそうな事。そのためにディスコは世界を駆け巡り奮闘している。ディスコが助けたいのは目の前の人だけじゃなくて、人類全体で、ディスコを動かしているのは人としての使命感で、ではここでいうディスコに影響を与えている意思ってやつは個々人によるものではなく、人全体の意思かもしれなくて、んじゃ個人の意思と全体の意思とは一体どこまでが個人の意思でどこまでが全体の意思なのか。自分の意思は他人を変えるがではその自分は意思は誰から与えられた意思なのか。そんな堂々巡りにもディスコ=舞城なりの答えがあり、はっとさせられたりする。

舞城王太郎はそーゆーストレートなことを、小説・言葉を武器にして、結構暴力的な武器にして伝えることができる作家だと思う。

舞城王太郎の小説を読むと、ああこうやって日本語って使えるんだ、こうやって伝えることもできるんだと感動してしまう。同じ日本語を使っているはずなのに、舞城の文章は踊るし殴る。けど伝えたい事は伝わる。どうやったらこんな文章をかけるんだろう。

次はビッチマグネットを読むんだ、、、。いつ読むんだろう。
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